今日は8月21日(木)です。新古今和歌集の評価についてです。

今日は8月21日(木)です。新古今和歌集の評価についてです。

近代以降、『新古今和歌集』を含めた勅撰和歌集への評価は一変する。アララギ派の祖である正岡子規が『歌よみに与ふる書』のなかで『古今和歌集』を「くだらぬ集」と激しく罵倒し、『新古今和歌集』についてもその歌が「(『古今和歌集』よりも)ややすぐれたりと相見え候。古今よりも善き歌を見かけ申候」というものの、その「善き歌」も「指折りて数へるほどの事」と断ずる。また「代々の勅撰集の如き者が日本文学の城壁ならば、実に頼み少き城壁にて、かくの如き薄っぺらな城壁は、大砲一発にて滅茶苦茶に砕け申候」とも述べている。要するにそれまで重要視された勅撰和歌集をおおむね価値の低いものとして退けたのであり、『新古今和歌集』もその中に入っていたのである。

しかしこうしたアララギ派の評価に対して、『新古今和歌集』を高く評価したのが北原白秋であった。白秋はその和歌について「日本短歌最上の象徴芸術」であり「日本詩歌の本流」と賛美している。白秋はアララギ派が唱えるいわゆる短歌における「写生論」に対し、「写意写生以上の香気ある象徴の世界」を求めて短歌を詠もうとしていたのであり、その手がかりとしたのが『新古今和歌集』の和歌だったのである。以後の短歌においても前登志夫や塚本邦雄などがそれぞれ『新古今和歌集』から影響を受けている。